声の医学ガイド 01 – 声をコントロールする3要素と声帯所見の見方
声をコントロールする3要素
声を成立させている要素は、呼気・声帯・共鳴腔の3つに分けて考えることが通例です。
呼気は言うまでもなく声のエネルギー源です。
声帯は呼気および声帯自体の粘弾性によって振動し、喉頭原音という声のもととなる音を生成します。ここには、基準となる音のほかに、声帯の厚みによって変化する倍音が含まれています。喉頭原音は声というよりは機械的な振動音に近いものだといわれています。弦楽器に例えるなら、ボディに響く前の弦だけの音のようなものです。
共鳴腔は声帯のすぐ上の部分から音の出口となる口や鼻に至る空間で、ここで原音に含まれる倍音を増幅・減衰し、「響き」の特徴を音に付け加え、「音」を「声」にします。「響き」には文字通り「ひびき」として感じ取れる要素と、「ことば」の種類として聞き分けられる要素があります。大雑把に言って、口腔内では「ことば」の要素を付加し、鼻の奥や咽喉(のど)の部分では「ひびき」を加えていると考えるとよいと思います。
パフォーマーの声の医学という観点からみると、これらのうち声の不調の原因として最も多く病的な状態になるのは「声帯」と、共鳴腔の中の「上咽頭」です。ほかの部分に病気がないわけではありませんが、頻度としてはこの二つが圧倒的です。
ここでは、まず「声帯」について、声のパフォーマーの方に知っておいていただきたい知識をお伝えします。読んでいただくと、診察室でご自分の声帯所見を見る際にも役立つと思います。
声帯の障害は主に2つに分類されます。1つは声帯表面の粘膜に異常が生じる「器質的障害」、もう1つは声帯内部の筋肉の働きに異常が生じる「機能的障害」です。機能的障害については、別項で詳述しますので、ここでは器質的障害に関係する内容、すなわち声帯の形状を観察する際に大切なことを説明します。
原音の生成
多くの患者さんは声帯が閉じているかどうかを心配されますが、重要なのは単に閉じるかどうかではなく、声帯内側縁の振動が規則正しく生じることです。振動は、互いに寄せた声帯の内側の粘膜が呼気によって広げられ、その後、呼気が通り抜けることで生じる陰圧により引き寄せられて起こります。大切なのは、この動きは単なる往復振動ではなく、声帯の表面の粘膜は波のように動くということです。声帯の下側から生まれた波頭が上側へ走る「粘膜波動」と呼ばれる現象なのです。診察室の声帯所見動画をご覧いただくと、この様子がよくわかります。つまり、薄く小さな声帯の縁にも上下の幅(厚み)があり、その粘り強い柔らかさと弾力性(まとめて粘弾性と呼ばれます)によって、規則正しい動きが下から上へ向かって生じているのです。診察室の声帯画像で言えば、画面の奥から手前に向かう動きとして観察されます。この動きによって、声帯の間を抜けてくる呼気に周期的な密度の違いが生まれ、これが音となります。
この際の声帯の厚みは、声の高さや声区(声帯の厚みによって区別される地声・ミックス・裏声といった声の種類)よって変化します。低く重い地声傾向の声では厚くなり、接触する上下幅が大きくなります。高く裏声傾向の声では薄くなり、接触する上下幅は薄くなるのです。そして、この厚みの変化は、基本的に上の縁が固定されて生じるため、下側の厚みの変化となります。すなわち、低音の地声ほど声帯の下側から粘膜波動が生じ、高音の裏声ほど上の縁に近い部分だけの粘膜波動となります。

レベル限局性病変
声帯ポリープや声帯結節などの声帯の隆起病変は、ある程度大きいものであれば、声帯の縁の厚み全てにわたっており、ストロボスコープを用いて振動を観察しなくても容易です。そういう場合は、どんな声でもかすれてしまいます。しかし、歌唱者独特の症状(ある音域や声区だけの不調、持久力の低下、音の鳴り始めの遅れ等)がある場合、病変サイズは比較的小さく、上下方向の厚みの一部だけに病変があることがほとんどです。これを上下レベル限局性病変と呼んでいます。
私たちはレベル限局性病変が声帯の内側縁の上下の厚みのどのレベルにあるかを慎重に確認します。これは、微小な隆起病変がご本人の歌唱を障害している本当の原因であるかどうかを判断するためです。
その際に重要なことは、隆起性病変は、ある波動の中では下方レベル(下唇)にあるほうが、上方レベル(上唇)にあるよりも影響は強いと考えられるということです。したがって、上方の軽微で軟らかい病変などでは全く音声に影響のないことがあり、ある程度保存的に経過観察できる可能性があります。ただ、声帯の中で上方の病変であったとしても、ソプラノ等高音を頻用する歌唱者の場合、その病変は高音の波動の中では下唇となり、不調の原因となりうる場合もあるので注意しなければなりません。
私たちは、声帯の微小な隆起病変を手術で切除する際、その垂直方向の位置に性別や歌唱ジャンルによる違いがあることを世界で初めて報告しました。これは、性別や歌唱ジャンルによって、歌唱時に主に使用される声区(声帯の厚みによって区別される地声・ミックス・裏声といった声の種類)が異なるためだと考えられます。それぞれの声区では、声帯の厚みの下側から上側へ粘膜波動が生じますが、特に重要なのは、厚みの下側に病変がある場合の方が声への影響が強く、症状が出やすいということです。これは両側の声帯が引き寄せられる際、最初に接触するのが下側であるためと考えられます。私たちは、このように数多くの手術症例から得られた知見を日々の診療に活かし、手術の必要性を判断しています。
したがって、声帯に病変がある=手術ということではありません。あくまでも、ご本人の歌唱スタイルの中で病変の影響を考えることが大切です。例えば、声帯の上縁に薄い病変があっても、地声中心のパフォーマンスの場合は、しばらく経過観察でよいと判断します。逆に、声帯の下方に軽度の病変があっても、ソプラノの方で頭声での高音歌唱に支障がなければ、経過観察で対応します。一方、地声での歌唱を主とする方で声帯の下方に病変があり、かすれや持久力の低下が見られる場合は、手術による病変の除去を検討することになります。
ここで改めて考えたいのは、声帯は「閉じる」のが正常なのかということです。実は、声帯がしっかりと閉じる瞬間があるのは、強く発声する地声やミックスボイスの一部だけなのです。裏声などでは声帯が完全には閉じず、一番内側に寄っても「寸止め」の状態が通常です。つまり、きれいな声を出すためには、最も両声帯の感激が狭くなった時に「完全に閉じる」か「適度に開いている」かのどちらかの状態である必要があります。声帯に隆起病変があって一部だけが接触し、他が閉じていない状態、あるいは閉じていても隆起病変を押しつぶすような閉じ方では、声帯の間を抜けてくる呼気に不規則な部分が生まれ、これが雑音となってしまいます。
さて、声帯の器質的病変は、隆起しているものばかりではなく、陥凹しているものもあります。また、声帯の病変の「かたち」ではなく、「色」についてはどうでしょうか。声帯の炎症が起こった際は、その色を観察することで、わかることがたくさんあります。ほんの小さな器官ではありますが、声帯所見については、まだまだお伝えしたいことがあります。しかし、ここではとても伝えきれませんので、後は診察室でご本人の状態に応じて説明させていただきますね。