主な対象疾患と治療方針
正常声帯 normal condition
本来の声帯の粘膜は、呼気流による陰圧で十分に吸い寄せられることが可能な、十分な軟らかさと、適度な弾力性をもっています。声帯本来の代謝の低さから、持久力も備えています。
急性声帯炎 acute laryngitis
感染や酷使によって生じる急性の炎症で、声帯の粘膜が本来の軟らかさを失い、声がかすれる状態です。様々な程度のものがありますが、重度のものでは早期改善のために強力な薬物治療が必要です。
慢性声帯炎 chronic laryngitis
十分な休養を取らずに声帯の酷使を続けた結果、声帯の粘膜に慢性的な炎症が遷延し、場合によっては固く変化して、本来のパフォーマンスができなくなっている状態です。日常のケアが大切です。
声帯ポリープ vocal fold polyp
声の酷使などで声帯粘膜に炎症および出血が生じた後、平坦に戻らずに残存してしまった高まりのうち、特に出血の要因が強く高さのあるものをポリープといいますが、胃や腸のポリープとは違ってできもの(腫瘍)ではありません。声のノイズや音域制限の原因となり、平坦化するには原則的に手術が必要となります。
声帯結節 vocal fold nodules
声帯は代謝の低い器官であるため、炎症性の変化が完全に治癒せずに良性の隆起病変として残ることがあり、これを総じて声帯結節と呼びます。大きさや固さ、声への影響の程度は個々の場合によって大きく異なるため、一人一人の声の個性も考慮しながら治療方針を検討します。声の出し方の訓練だけで症状が改善することもありますが、手術が必要となる場合もあります。手術を考慮する際は、そのメリットとデメリットを慎重に検討する必要があります。手術せずに保存的治療を行う場合は、音声使用スケジュールの中でいかに結節に炎症を生じさせないか、セルフケアと治療で細かく調整することが必要です。
慢性上咽頭炎 chronic nasopharyngitis
上咽頭に存在するアデノイド(咽頭扁桃)組織に、なんらかの要因で炎症が生じて長引いている状態です。声の不調をはじめ、全身の様々な不調の原因となる場合があります。薬物療法も行いますが、炎症組織を直接擦過するEATの効果が高いことが知られています。
アデノイド残存 hypertrophic residual adenoids
成長するにつれて退縮するはずのアデノイドが残った状態で、声の響きが思うようにならない原因の一つとなりえます。炎症がある場合はEATを行いますが、当院では薬剤注射など追加治療を行ってアデノイド自体を減量に導き、個人差はありますが良好な結果を得ています。
声帯溝症・菲薄声帯・声帯萎縮 vocal fold sulcus, thinned vocal folds
隆起性の病変とは逆に、声帯の振動にとって大切な粘膜固有層浅層という層が部分的に欠如して、陥凹しているのが声帯溝症です。生得的な場合と、強い炎症の結果生じる場合があります。また、声帯全粘膜全体が生得的に薄い場合もあります。いずれも空気漏れの多いハスキーな声が特徴になります。かつては治療の難しい状態でしたが、近年は再生医療の進展で、声帯内因子注入が試みられるようになり、改善が期待できるようになりました。当院でも、全身麻酔・局所麻酔のどちらでも対応可能です。
その他の声帯粘膜病変 other vocal fold mucosal lesions
ポリープ様声帯
ー主として喫煙が原因となり、声帯全体にむくみが生じて厚くなるために声質が変化してまい高音が出にくくなるものです。
声帯嚢胞
ー何らかの原因で声帯粘膜の中に粘液の袋が生じてしまい、大きさの割にはかなり声枯れの程度が強いものです。
声帯瘢痕
ー声帯の炎症の治癒が順調に進まず固い傷跡になってしまったものです。
声帯乳頭種
ー乳頭腫ウイルスの感染によって声帯にイボができたものです。
いずれも手術加療が必要となりますが、難易度の高い手術です。
声帯複雑病変 complex vocal fold lesions
強い声帯炎が生じている中での極端な音声酷使が続いてしまい、治癒が順調に起こらなかった場合や、声帯の手術そのものや術後経過に問題があった場合などに、隆起(でっぱり)と陥凹(へこみ)がないまぜになった複雑な状態を呈することがあります。非常に治療に難渋する状態で複数回手術となることもありますが、微細切除と因子注入を駆使した声帯形成術を行い、可能な限り改善を図ります。
他院紹介となる音声疾患 conditions that we usually refer to other clinics or hospitals with specialized expertise in voice disorders
声帯麻痺・反回神経麻痺
ー声帯の筋肉を支配する神経が、その通り道にある甲状腺や胸部大動脈、肺などの手術や、ウイルス感染などの影響を受けて働きが悪くなり、主に声帯の開閉の動きができなくなるのが声帯麻痺で、強い息漏れ声となります。軽度のものは声帯内因子注入で声帯の厚みを増すことで対処できますが、重度のものは外科的手術が必要ですので、他院紹介となります。
喉頭癌・声門癌
ー主に喫煙者に生じる、声帯そのものに生じる悪性腫瘍です。手術による生検は当院でも対応していますが、根本治療は他院紹介となります。