Our Medical Strength 4- 機能的音声不安定状態への対処

パフォーマーを最も悩ませる機能的音声不安定状態への対処を行います。

声の不調の中には、声帯そのものには異常がなく、発声時に声帯を閉じる筋肉がうまく働かないために生じるタイプのものがあります。裏返り・つまり・抜け・ガラつき、が代表的な症状ですが、ふるえ・ゆれ、ピッチの不安定さの中にもこのタイプのものがあります。当院ではこれを「機能的音声不安定状態」と呼ぼうと思います。もともと全く問題なく歌えていた音域で、声のコントロールが効かなくなって意図しない音声症状が生じるもので、自力で対処することはかなり困難です。院長はわが国で唯一、2011年からこの状態について学会発表を継続しつつリハビリテーション治療を行ってきましたが、近年はさらに対処法の幅を拡げ多面的なものとし、明確なプロトコルのもと治療にあたっています。

このような症状の方に多く対応する中で、病態のメカニズムがある程度明らかになってきました。一般的には「機能性発声障害」と呼ばれてしまうこともありますが、「機能性発声障害」とは、力んだ発声など、本来的ではない発声を過剰にしたためにそれが癖づいたものの名称です。これに対し、ここで対象とする病状「機能的音声不安定状態」は、その症状の発声をやりすぎたから発症したというものではありません。声帯に許容される以上の激しい動きを強いることを続けた結果、声帯を閉じる筋肉をコントロールする脳の回路がバグを生じ、適切な声門閉鎖を連続的に維持し続けられなくなった状態だと考えられます。声帯の閉鎖は、γ(ガンマ)ループという神経回路で反射的に調節されており、「γループ障害」とでもいう状態が本質であると考えられます。これに対し、当院では様々な面からアプローチしています。症状の種類と程度により改善の具合には個人差がありますが、一定の効果を上げています。

  • 歌唱のトレーニング
    歌唱とは、単に話し言葉に音程がついたものではありません。ジャンルによる相違はありますが、音程がついた言葉が「歌唱」となるには、音と音とのつながり(トランジョン)をどう処理するかが重要となります。トランジョンで、呼気と声道の構えをリセットせずに次の音へとつなげていくことが歌唱の基本的な技術です。この技術を習得せずに無理な発声を行うと、声帯の閉鎖時における反射的な微調節が神経システムにとって困難なものとなり、γループ調節の破綻を招く可能性があります。これは、過度な力による声帯への物理的な損傷とは全く異なる種類の障害です。しかし、この障害は、医療的な介入を行わずとも、上に述べたような歌唱の基本的な技術を身につけるトレーニングによって改善し得ることが多くの症例から明らかになってきました。
    このトレーニングは歌唱ジャンルを問わないばかりか、話し声で同様の症状に悩む方に対しても効果を上げています。ポイントを押さえた身体操作のトレーニングにより、本人の努力次第で「機能的音声不安定状態」が改善する例が多く見られます。これは、適切な技術の習得により声帯の反射的調節が無理なものではなくなり、乱れていたγループのコントロールが回復するためと考えられます
    このことはすなわち、その程度にはよるものの、「機能的音声不安定状態」が疾患ではなく、歌唱技術の未習得から生じる不安定状態であることを示していると考えられます。
  • 上咽頭炎の治療
    上咽頭炎によって、様々な自律神経失調が生じるといわれています。声帯のγループによる運動制御も、自律神経の中枢である延髄を中心とした回路であることから、一種の自律神経調節であると考えることもできます。実際に、「機能的音声不安定状態」に苦しむ患者さんで、慢性上咽頭炎もある場合、上咽頭の炎症を治療するだけで声の症状が改善する場合があります。
    また、上咽頭の形状を改善する治療の結果、声門上の気流が調整され、適切な技術と相まって結果として声帯の自励運動が良好に保持される結果、「機能的音声不安定状態」の症状が改善することもあります。
  • 薬物治療
    首より下の脊髄が関与する運動において、γループによる不随意的な調節を行う神経回路は錐体外路と呼ばれています。パーキンソン病は錐体外路が障害される代表的な疾患です。パーキンソン病の治療薬の中には「機能的音声不安定状態」に効果を示すものがあります。声帯のγループ自体は脊髄が関与しないため一般的には錐体外路には含まれませんが、本質的には類似の神経学的調節機構が想定されるため、パーキンソン病の治療薬が奏効することがあるのだと考えられます。副作用もあるため、安易に使用するものではありませんが、必要な場合は考慮します。
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もっと詳しい説明
声の医学ガイド03 – 内喉頭筋と機能的音声不安定状態について
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