声の医学ガイド06 – 声に影響するその他の疾患
声の障害の主な原因は声帯と上咽頭の疾患ですが、声の質や発声機能に影響を与える疾患は他にも多く存在します。これらの疾患の根本的な治療は当院の診療範囲を超えているため、各専門医療機関での治療が必要となります。当院では直接的な治療は行っていませんが、最適な声のコンディションを維持・改善するためには、これらの疾患についての理解が重要です。以下では、声に影響を与える可能性のある主な疾患について解説します。
呼吸器疾患
声の3要素として、呼気・声帯・声道がありますが、声のエネルギー源となるのは「呼気」です。この呼気に影響を与えるのが呼吸器疾患です。風邪が下気道に波及した急性気管支炎も問題ですが、より影響が大きい疾患として気管支喘息・および咳喘息があります。この両者は、基本的には気道の過敏性と炎症を特徴とする同じ疾患であり、慢性化しているもの(ただし程度によっては悪化の一方通行ではなく可逆的)が気管支喘息、軽症例で症状が咳だけにとどまっているのが咳喘息と考えてよいと思います。咳喘息も、適切な治療を行わなければ気管支喘息に移行しうるので、注意が必要です。
気管支喘息及び咳喘息は耳鼻咽喉科疾患ではなく呼吸器内科が専門となる疾患ですので、当院で専門的なフォローをすることはできませんが、以下には声に対する影響について記します。
- 呼気圧
喘息は基本的に呼気が低下する疾患です。呼気が低下することから、言うまでもなく発声・歌唱への影響は避けられません。定期的な治療により、可能な限り安定した状態を維持する必要があります。 - 咳
咳が出るときは、パフォーマンスどころではありませんので、咳の制御はとても大切です。また、咳は声帯に負担をかける発声動作としては最悪の部類であり、偽膜性声帯炎を生じる最大の原因です。また、長期に渡って咳が遷延した場合は、声帯の内側縁だけではなく、上面に渡って広範囲に上皮の肥厚が生じ、時には瘢痕形成に至ることもあります。長引く咳は、早めに呼吸器内科で専門的治療を受けることが必要です。 - 吸入薬副作用
現在、気管支喘息や咳喘息、慢性気管支炎の治療では、主として気管支吸入薬が用いられます。しかし、気管支吸入薬には嗄声(声がかすれること)という副作用が一定の確率で生じます。声帯の所見にはあまり変化がなく、実際の機序ははっきりしませんが、内喉頭筋の反射的調節の障害が生じている可能性が高いと考えられています。パフォーマンスのためには、呼吸器内科の医師とも相談しつつ、治療効果を維持しながら、より副作用の生じにくいタイプの吸入薬への変更を考慮する必要があります。
また、副作用としてカビ(真菌)の一種であるカンジダが口腔・咽頭・喉頭に生じることもあり、特に喉頭に生じた時には声への影響が出ます。この場合は、抗真菌薬の投与を行います。 - コンディショニングへの影響
慢性疾患としての気管支喘息・咳喘息は、しばらく症状がなく落ち着いていても、季節の変わり目に症状が出現・増悪することがしばしば生じます。パフォーマンスのためのコンディションを維持するためには、症状が出ていない時も定期的に呼吸器内科でフォローを受けておくことが望ましいと考えます。
鼻疾患
鼻のコンディションを保つことも、声のパフォーマーにとっては大切です。いわゆる「鼻腔共鳴」と言われている、豊かな音響的増幅が、本当に鼻腔で共鳴を増幅させているかどうかは評価が定まっておらず、むしろその正体は上咽頭共鳴ではないかと私たちは考えていますが、その場合でも、少なくとも上咽頭で増幅された共鳴を、減衰させずに鼻腔を通過させることが必要です。
「鼻声」という訴えが上咽頭の治療を当院で行っても十分に改善しない場合、鼻腔そのものに問題がある可能性があります。両鼻を隔てる真ん中の壁が曲がっている「鼻中隔弯曲症」や、鼻の中の一番大きなヒダである下鼻甲介が慢性炎症により腫脹する「肥厚性鼻炎」がその代表です。これらは、本人にとっては長期間慣れ親しんだ状況であるため、異常が自覚できていないことも多くあることにも注意が必要です。投薬などによる内科的治療では効果が限定的であるため、鼻疾患専門の医療機関での手術加療を検討することになります。
一方、コンディション面でも鼻腔に注意することは大切です。国民的疾患である花粉症をはじめとしたアレルギー性鼻炎は、最も頻度の高い鼻疾患です。一般の方では問題にならない程度の軽い症状でも、パフォーマンスにとっては障害になることも多く、厳密な管理が要求されます。
治療としてはまず点鼻薬、さらに内服薬を用いますが、効きと副作用(乾燥と眠気)の程度には、薬剤によるバリエーションがかなりありますので、ご自分に合った薬にたどり着くまで時間を要することがあります。予防的な加療としては減感作療法がありますが、当院では行っておりません。薬物療法で不十分な場合は、近年発展した抗体療法を追加することもあります。医療費の負担は大きいですが、月1-2回の皮下注射でより効果が期待できます。しかし何よりも鼻うがいなどの日常ケアが大切なことは言うまでもありません。
副鼻腔炎も、急性慢性問わず気を付けておきたい疾患です。後鼻漏が上咽頭ではなく副鼻腔から漏出していることは珍しくありません。音声への直接的影響は限定的ですが、しつこい痰がらみの原因の一つとなり得ます。また、新型コロナ以降は、感冒が急性及び亜急性の副鼻腔炎に移行する例が極めて多くなっている印象があります。その治療はもちろんのこと、セルフケアとして鼻うがい以外に乳幼児用鼻汁吸引器を導入することが勧められます。
胃食道逆流症・逆流性食道炎
逆流性食道炎というと、症状として「胸やけ」「呑酸(口の中が酸っぱくなること)」を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、声のパフォーマーにとっては、声に影響することがあることを知っておいていただきたい疾患です。このことは欧米では常識となっているようです。
私たちの体には、胃の内容物が逆流しないような仕組みが備わっていますが、何らかの原因でこの働きが弱まると、胃酸が食道を通り越して、のど(咽頭や喉頭)まで逆流してくることがあります。この状態は「咽喉頭酸逆流症(LPRD)」と呼ばれ、頑丈な食道の粘膜に炎症が生じる前に、むしろ鋭敏な咽頭や喉頭に先に症状がおこることが多いと言われています。代表的な症状は「異物感」「咳払い」「咽喉頭異常感」「声のかすれ」です。消化器内科で受けた胃カメラの所見に異常が見られなくても、このような症状は生じ得ることに注意が必要です。咽喉頭への酸逆流が顕著な場合、喉頭や声帯粘膜に特有の所見が生じたり、慢性上咽頭炎の原因になることもあり、そのことによってさらに音声に悪影響が出ることもあります。
一方、逆流した酸が咽喉頭に到達しなくても、胃から下部食道に逆流した時点で、それ以上の逆流を防ぐための神経的な反射により、無自覚的に咽喉頭に収縮が生じ、それが咳払いや音声生成の微妙なコントロールの妨げになる可能性も指摘されています。
治療の基本は胃酸の分泌を抑制する内服薬の投与ですが、日常の工夫として以下のことは大切です。
- 食後すぐに横にならない(食後2~3時間は姿勢を保つ)
- 胃に負担のかかる食事(脂っこいもの、カフェイン、アルコールなど)を控える
- 枕を高めにして寝る
- 睡眠・ストレス管理